瀧川鯉斗が落語家になったきっかけ・経歴が気になる!元暴走族総長からの転身の理由は?

瀧川鯉斗が落語家になったきっかけ・経歴が気になる!元暴走族総長からの転身の理由は?
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こんにちは!イッシーです。

今回は、瀧川鯉斗が落語家になったきっかけ・経歴が気になる!元暴走族総長からの転身の理由は?ということでお届けしていきます。

ここ最近、テレビなどのメディアにご出演されるようになった落語家の瀧川鯉斗さんですが、先日のワイドナショーにご出演された時に、元ジャニーズの手越祐也さんに対しての発言で、ネット界隈がザワついていました。

それを受けてか、ネット上では、瀧川鯉斗さんに対して「自称落語家」、「元暴走族だから、根底の部分は、しれてるでしょ」ぐらいの発言が目につきました。

テレビ出演された際には、瀧川鯉斗さんの語り口調は、物腰がすごく柔らかくとても聞きやすいお話をされる方だなあと思っていました。

そもそもの瀧川鯉斗さんが、落語家へなろうと思ったきっかけが気になりましたので、そのあたりを調べてみました。

そこで、瀧川鯉斗が落語家になったきっかけ・経歴が気になる!元暴走族総長からの転身の理由は?ということでご紹介していきますので、ぜひ最後までお付き合いくださいね。

 

瀧川鯉斗は現在何歳?プロフィール付きで紹介

ここ最近、テレビなどのメディアでよく目にするようになったイケメンで話題の落語家・瀧川鯉斗さんですが、現在何歳なのでしょうか。

なんと元暴走族総長という異色の経歴の持ち主でもあります。

ここでは、プロフィールと共に見ていきます。

プロフィール

名前:瀧川 鯉斗(たきがわ こいと)
本名:小口直也(おぐち なおや)
生年月日: 1984年1月25日
出身地:愛知県名古屋市
職業: 落語家
所属:公益社団法人落語芸術協会

瀧川 鯉斗さんは、本名を小口直也さんといい、愛知県名古屋市出身の落語家で1984年1月25日生まれの現在36歳(2020年7月現在)です。

生まれは、東京都ですが、お父様の仕事の都合で、5歳で北海道の札幌市に移り住んでいます。

小学校2年生の終わりごろに、再びお父様の仕事の転勤で愛知県名古屋市へと移り住んでいます。

愛知県名古屋市は、お母様の地元でもあるようです。

スポーツは万能で、小学校の時は、野球部やサッカー部に所属し、学外ではリトルリーグやクラブチームでの活動もされています。

サッカーでは、ユニホームが違って目立っている理由から、ゴールキーパーを選んだそうですが、真剣に打ちこんでいた結果、中学生の頃には、愛知県代表のゴールキーパーになっていたそうです。

そして、県代表チームのトレーニングにも参加し、将来有望な選手としても期待されていました。

ただ、この頃から、バイクの魅力に取りつかれ、ヤンチャな仲間達と遊ぶようになり、暴走族スペクター名古屋支部「天白スペクター」の十二代目総隊長にまで上り詰めます。

瀧川 鯉斗さんは、この時の自分に「サッカーを真面目にやりなさい」と言いたいとおっしゃっています。

サッカー推薦による高校進学の話もあったようですが、そこを断念せざるを得ない状況だったようです。

このままの悪さや喧嘩に明け暮れていた生活ではダメだと思って、一念発起し、昔から映画が好きだったため役者になるべく上京をされて、師匠である瀧川鯉昇さんと出会います。

そこから、落語の世界へと入っていったわけですね。

 

瀧川鯉斗が落語家になったきっかけ・経歴が気になる!元暴走族総長からの転身の理由は?

上では、瀧川鯉斗さんのプロフィールや上京までを触れてみましたが、そもそも落語家になったきっかけは、なんだったのでしょうか。

もともとは、役者さんを目指して、上京されてきたわけですが、とはいえその日のご飯が食べられないということで、人生初のアルバイトを新宿のレストランで始めます。

レストランといっても、200人ぐらいが入れる大きなフロアだったようで、そこにはステージがありグランドピアノまでありました。

そして、毎日のようにプロのミュージシャンの方が演奏で来られるような、ちょっと敷居の高いレストランのようです。

そして、そのレストランで年に2回ほど、瀧川鯉昇さんが落語会をやられていて、お店の方から「役者を目指しているならば、落語も見ておいた方がいいぞ」という何気ない一言で、瀧川鯉昇さんの落語を見られたようです。

この時の瀧川鯉昇さんの芸に衝撃を受けて、瀧川鯉斗さんは、落語の打ち上げの際に「弟子にして下さい!」と直談判をしました。

そこでは、すぐに弟子にするということにならなかったそうですが、瀧川鯉斗さんから、「都内に寄席と言う所がある。寄席を見てこい、そこが仕事場になるから」と言われ、それから半年間、時間がある時は毎日、新宿末廣亭に通われました。

そして、半年後、再び瀧川鯉斗さんが落語会でレストランに訪れた時に、「寄席を見てきました」と伝えると「明日からうちに来なさい」と晴れて、落語の世界へと入っていくことになります。

いや~、人生ってわからないものですね。

瀧川鯉斗さんは、この時のことを「運命の分岐点」と表現されています。

とはいえ、弟子になったからといって、すぐに落語ができるわけではなく、まずは師匠や先輩落語家さん達の身の回りのお世話から始まり、考え方や立ち居振る舞いを学び、修行をされていったわけですね。

そして、2019年落語の世界に入って15年目で「真打」へと昇進されました。

落語家さんは、真打になってはじめて、一人前と認められるわけです。

 

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まとめ

今回は、瀧川鯉斗が落語家になったきっかけ・経歴が気になる!元暴走族総長からの転身の理由は?ということでお届けしてきましたが、いかがだったでしょうか。

瀧川鯉斗さんの紹介がされる時は、必ず「元暴走族総長」といった肩書きがついてまわり、それを色眼鏡で見られてしまいがちです。

世間では、「元暴走族総長を売りにしている」、「もともと悪いやつなんだから、しれてる」など心ない声もありますが、ひょんなことからの落語との出会いではありますが、軽はずみな気持ちでは、同じ業界で15年以上も続け、真打にまでなることはそうそうできることでは、ありません。

なみなみならぬ、努力をされてきたからこその今の立ち位置がある思います。

瀧川鯉斗さんを今まで知らなかったという方は、これを機会に覚えて下さいね。

そして、落語を見てみるのもいいのではないでしょうか。

最後までお読みいただきありがとうございました。