嶋田美津惠のwikiプロフ年齢・経歴は?育爪を始めた理由が必然ですごい?

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こんにちは!イッシーです。

今回は、嶋田美津惠のwikiプロフ年齢・経歴は?育爪を始めた理由が必然ですごい?ということでお届けしていきます。

素の爪を育てる「育爪」を提唱する嶋田美津惠さんが話題です。

このコロナ渦の中で、なかなか美容室やネイルサロンへ足を運ぶのがおっくうになっている現在の状況で、自宅でもできる「育爪」が注目されています。

ここ最近では、雑誌やテレビ、ラジオなどメディアへのご出演も増えている嶋田さんですが、もともとはネイリストとして爪に携わるお仕事をはじめられ、ご自身に突如、起こったご経験から、今の業態へと方向転換されたそうです。

嶋田美津惠さんがこれまで、どういった経歴をお持ちの方なのか?そして、「育爪」に辿りついた経緯を調べてみました。

そこで、嶋田美津惠のwikiプロフ年齢・経歴は?育爪を始めた理由が必然ですごい?ということでご紹介していきますのでぜひ最後までお付き合いくださいね。

 

嶋田美津惠のwikiプロフ年齢・経歴は?

いつの時代も女性の美への追求はとどまる所を知りませんが、爪もその1つ。

爪が綺麗な女性の方の指先には、どうしても目がいってしまうものです。

この爪に関して、長年研究を続け現在の「育爪」に辿りついたという嶋田美津惠さんですが、経営されているサロンの新規客は、1年待ちという人気ぶりのようです。

そんな嶋田美津惠さんのこれまでの経歴は、いかなるものだったのでしょうか。

プロフィール付きでご紹介します。

プロフィール
  • 名前:嶋田美津惠(しまだ みつえ)
  • 生年月日:1964年生まれ
  • 出身地:東京都
  • 職業:実業家、サロンオーナー

嶋田美津惠さんは、東京都出身の1964年生まれで2020年現在で56歳の年になります。

ネイルの道に入ったのは、27歳の頃、縁あってネイルスクールに通うことになり、これまでの嶋田さんは、ネイルにはそこまで興味はなく爪の白い部分を全て切り、かなりの深爪をしていたそうです。

なぜなら、爪が長いとゴミが入ったりするため、不衛生だと思っていたそうで、ただ、スクールに通うには爪を伸ばす必要があったため、仕方なく伸ばしていました。

爪を伸ばし、指先に気を使って生活していると、いつの間にか指と爪の間がくっつき、ゴミが入るスペースがなく逆に衛生的だと気付かれたそうです。

「自分以外の人でも爪の形が変わるのでは?」という思いが、ネイルを掘り下げて学びたくなった原動力になっていると言われています。

その後、ネイルサロンで1年間ほど勤務ネイリストを経験され、この時に「爪の形が悪い人に付け爪を勧めることに疑問」を感じており、1993年に付け爪なしで爪の形が変わるネイルサロンを大阪梅田に開業されます。

これまでの、外見を付け爪などで、飾り付けるのではなく「素の爪」にフォーカスした施術が話題となり、取材と口コミが増えていきました。

1995年には、東京都の自由が丘にサロンを出店。

その後は、マニキュアのネイルサロンを11年ほど続けていましたが、嶋田さんは、この10年の間ほぼ毎日、マニキュアや除光液を使っていたことが原因で有機溶剤の中毒になり、化学物質過敏症を発症してしまいます。

毎日38度以上の高熱、身体中の粘膜から膿と出血、全身の筋肉痛と極度の疲労に襲われるようになってしまいました。

化粧品・整髪料・洗剤・化学繊維・プラスチック製品・雑誌・クリーニング済み衣類などから発せられる化学物質を微量でも吸い込むと、頭痛とめまいに襲われ、呼吸が困難になるなど、生活もままならないほど大変な状況をご経験されています。

この経験から、有機溶剤をいっさい使わず「素の爪」を育てるサロンに業態を180度転換され、この育爪サロンは今年で17年目を迎え、これまでに施術してきた人数は1万人を超えています。

現在では、「素の爪」を「透明感のある美しい形」に育てる「育爪サロン」を大阪と東京で2店舗経営されています。

 

嶋田美津惠が育爪を始めた理由が必然ですごい?

嶋田美津惠さんが現在の「育爪」に辿りついたのには、化学物質過敏症を発症してしまったのがきっかけだったことがわかりました。

ただ、この時には、この病気のために免疫力が低下、体の粘膜という粘膜から、頻繁に出血し、視神経が麻痺して目の上下運動が出来なくなるほどになっていたそうです。

当時の担当のお医者様からは、神経細胞が変質し、さらに進むと免疫機能も失われてしまい、「完治した人を見たことがない」と宣告されてしまいました。

ここで、嶋田さんに突き付けられたのが、「死を覚悟して仕事を続けるか、仕事を辞めるか」というもの。

これまで、10数年磨いてきた技術を捨て、お客様とのお別れをしなければならないという苦渋の選択に迫られ、何日もふさぎこんだそうです。

本来であれば、病気のために全てを捨ててしまう選択をしなければ、ならないと思うのですが、この時に突然、「先のことは考えずに、カラーリングを辞めてお手入れだけを続けてみよう」というひらめきがふってきたそうです。

そこからは、1人1人のお客様に電話で、自身の体に起こったこと、これまでのような施術はできないこと、有機溶剤のリスクで、お客様にも起りうることを丁寧にお伝えしていきました。

ただこの時は、知らなかったとはいえ、これを伝えなければ、いてもたってもいられない気持ちになったそうです。

 

育爪は必然だった!

この方向転換を転機に、ある時、嶋田さんご自身の爪に変化が起ります。

10数年続けていた有機溶剤の弊害である、「縦すじ、色素沈着、くすみ、乾燥爪、二枚爪、表面の亀裂」こういったものが一切消え去り、爪が生まれ変わったように美しくなっていました。

弾力とツヤがあり、白い部分が透明になる自爪クリアネイルが誕生したそうです。

そして、化学物質過敏症を発症して、 3年経ち、育爪は生まれました。

「カラーリングもコーティングもなしで、素の爪を綺麗にできるネイルケアを広めたい」

そのメソッドに後から名前をつけたのが爪を育てるという意味の「育爪」(ikuzume)だそうです。

また、この言葉が印象的でした。

今となっては、化学物質過敏症になったお陰で「育爪」が誕生したので、病気にとても感謝しています。

あんなに苦しい体験をさせられた「化学物質過敏症」は、今では私の一生のお友達です。
引用:https://ikuzume.jp/about/story

普通であれば、立ち直れないほどの状況になるご経験をされていますが、今では、病気を「一生のお友達」と捉えることができる嶋田さんには、志が高いというか、不屈の精神というか頭が下がります。

 

▼嶋田美津惠さんの書籍▼

 

 

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まとめ

今回は、嶋田美津惠のwikiプロフ年齢・経歴は?育爪を始めた理由が必然ですごい?ということでお届けしてきましたが、いかがだったでしょうか。

ここ最近、コロナ渦という逆境のなかで、なかなかサロンに足を運ぶことができない中で、注目されている「育爪」。

正直、私は「育爪」を存知あげていませんでしたし、ん?ネイルでしょ?ぐらいにしか思っていませんでしたが、そもそもの考え方や爪への向き合い方が違うことに気づかされました。

嶋田美津惠さんは、自身でもYoutubeなどのメディアで情報を発信されていますし、書籍も出されていますので、1度お手にとってみてはいかがでしょうか。

最後までお読みいただきありがとうございました。

※嶋田美津惠さん運営メディア:

Youtbeチャンネル:育爪チャンネル ー素の爪でクリアネイルに
Facebook:https://www.facebook.com/liraslotus/about_details
運営サロン公式サイト:育爪サロン ラメリック